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溺死とジェンダー:インドの女子大学で日本のスイミングスクールが水難訓練を実施

世界の女性のうち、三人に二人は泳げません。そして平均泳力は低所得経済圏であればあるほど下がります。現状を改善すべく、サリー着用で実験を行い、その結果をもとにインドの女子大学にて水難訓練を実施しました。

株式会社岡崎竜城スイミングクラブの子会社である一般社団法人 パワーストローク(本社:愛知県岡崎市、代表取締役:大森久美)は2023年10月4日に、タミル・ナードゥ州チェンナイ市にある女子大学、シュバリエ T. トーマス・エリザベス・カレッジ・フォー・ウィメンの学生34名を対象に卓上で行う水難訓練『陸でもできる水難訓練』を開講しました。

 

2023年10月4日、岡崎竜城スイミングクラブ、及びその子会社の一般社団法人パワーストロークは、インドのタミル・ナードゥ州チェンナイにある女子大学、シュバリエ T. トーマス・エリザベス・カレッジ・フォー・ウィメン(Chevalier T. Thomas Elizabeth College for Women. 以下、CTTE)にて、学生34名を対象に水難訓練を実施しました。

インドの中でも保守的である南インドでは、その文化的・宗教的価値観から、女性が水着になり入水することは非常に稀です。加えて、一部地域では西洋化が進む中、南インドの女性の多くは今もサリーを着用しています。今回行った授業でも、参加した女子生徒のほとんどが伝統的な洋服に身を纏っていました。ヒンドゥー教では、儀式の一つとして沐浴がありますが、女性はこれもサリーを着用のまま行う人が多いです。そのまま事故が起き、溺れてしまう女性もおり、類似のケースが度々ニュースになっています。*1

  • 溺死とジェンダー

溺死は、世界3大事故死の要因の一つであり、WHOによると年間約23600人が溺死しています。*2
その深刻さを受け、国連は2021年より、7月25日を『世界溺水防止デー』とし、溺死防止に向けた取り組みを強化しています。*3

溺死全体を見ると、圧倒的に男性被害者の方が多く、溺死者全体の8割は男性です。中でも、男児の被害者が最も大きいグループであり、世界中で幼い命が失われています。ではなぜ、少数派である女性に水難訓練を行う必要があるのでしょうか。

そもそも男性の方が死亡率が高いというのは、溺死に限らずほぼ全ての事故死に当てはまる事実です。理由は様々ありますが、男性の方が危険な行為に及ぶ可能性が高いこと、アルコールの飲酒量が高いこと、仕事の内容に性差があることに起因されます。*3 例えば溺死を見てみると漁師や水兵の大多数は男性です。チェンナイには世界で二番目に長いビーチであるマリーナ・ビーチがあり、ここでも日々溺れるアクシデントが頻繁に起きていますが、酒に酔った男性の事故が多発しています。

国連も指摘しているように、溺死など水中の事故を防ぐ最善の策は水泳教育であると言われています。しかし、この水泳教育そのものにも性差があるのです。男児の方が女児よりも水泳教育を受ける割合が多く、平均泳力も高いです。つまり、女児・女性はそもそも水泳に馴染みなく育ってしまう人が男性よりも多いのです。その結果、世界の女性のうち三人に二人は泳ぐことができません。(「泳げる」と答えた割合 – 女性:32% 男性:57%)*5 *6

この状態で水害を迎えるとどうなるのか – そもそも泳げない女性の方が、泳力がある男性よりも命が救われる可能性が低くなってしまいます。

溺死の90%以上は、中低所得国で起きていること、気候変動の影響によって水害が増えていることと相まって、今インドの女性にとって水難の知識を身につけることは、命を守るためにとても重要な取り組みです。*5

  • サリーで溺れるとどうなるのか

CTTEでの授業を開講するに向け、岡崎竜城スイミングクラブ及びパワーストロークでは、サリーでの水難を想定して実験を行いました。

(実験の様子。岡崎竜城スイミングクラブ本校にて。実験者:大森玲弥)

実験前は、サリー着用時の水難の最大の難点は布の重さであると想定していました。1枚の長い布を体に巻いて身につけるサリーは、4メートルから大きいもので8メートルの長さがあり、水に濡れれば当然重たくなります。けれど、実験後、最大の難点ではその重さではなく、巻きつけるという着用方法が故、布が濡れると足が開きにくくなる点だということがわかりました。

サリーは主にコットンやシルクなどで作られており、濡れると伸びずに体に付着します。加えて、サリーの下半身は、浴衣に似て、体に巻きつけるような構造になっているので、それが濡れることで体に付着すると、足を上下・左右に離すことが難しく、バタ足はおろか、下半身でバランスをとることが非常に困難になります。

(実験:サリーで落ちる様子)

(実験:サリーを着用したまま、脚を開くのはとてもむずかしい。)

(実験:サリー着用の状態で「浮いて待て」のポーズ。これを維持するためには相当な泳力が必要。)

(実験:サリーを着用した状態で、腰まで水に浸かると重さ故に移動が困難。)

(実験:サリー着用のまま泳ぐと、後ろに垂らす布が障害物に引っかかり、窒息するおそれがある。)

(実験:サリー着用のまま陸に上がろうとするも、脚の自由が効かないことと、サリーの重さで非常に難しい。)

発見:

① サリーを着ている状態で入水した場合、最も懸念される点は布が体、特に下半身に巻きつき脚を開くのが難しくなること。

② サリーを着たまま「浮いて待て」のポースを取るのは、泳力が高くないと困難である。

③ 腰まで水に浸かった状態で、サリーを来ながら水中を歩くことはとても体力が必要で、スカーリングなどのスキルがあることが望ましい。

④ サリーを着用して泳ぐと、後ろにたらす布が障害物に引っかかり、窒息してしまう恐れがある。

⑤ サリーを着た状態で自ら陸に上がろうとすると、脚が縛られてしまっていることとサリーの重さで、筋力が弱い女性が一人で上がるのは困難である。(高齢者など)

結論:

サリー着用時に水に落ちるなどの事故にあった場合、できるだけ早くサリーを脱ぐことがベストである。

 

  • 「サリーを脱ぐくらいなら溺れ死ぬ」と言うインドの女性のために『陸でもできる水難訓練』

チェンナイ現地で女性にヒアリングをしてみたところ、「溺れていようと、人前でサリーを脱ぐくらいならそのまま死ぬのを選ぶ」と答える女性が少なくありませんでした。

水難に遭った際、一番の敵はパニック状態に陥ることです。パニックを起こしてしまうと、判断力が低下するのみならず、心拍数が上がり、酸素の消費が早くなってしまいます。これを防ぐための最初の一歩は、まず「知る」ことです。水に落ちると何が起こるのか、サリーを着た状態で溺れてしまったらどうなるのか、どのような体勢をとるべきなのか、講義という形で一度お伝えすることで、生徒の中でも課題がわかりやすくなり、ただ「水が怖い」だけで終わらずに済むことを目的として、授業を行いました。

今回CTTEで行った水難訓練も、様々な信仰を持つ女子生徒がいる中、水着を来てプールで授業を行うことは難しいという要望から、『陸でもできる水難訓練』を実施しました。授業では、①溺死のメカニズムについて ②自分が溺れそうになったときの対処法 ③溺れている人を見つけたときの対応法についての講義に加え、上記の実験の動画を生徒と共に視聴し、サリーの対処方についても学びました。

インドの、とりわけインドの女性たちの水難にまつわる状況は決して良いとは言えません。まずは問題そのものを共有し、その危険性が広く認知されることがスタートだと我々は考えています。今回の授業を始めとし、岡崎竜城スイミング、パワーストロークは今後もこの取り組みを続けていきます。

(講義に参加した生徒たちは修了証書が授与されました。)

 

  • 新しい形の文化交流

今回の水難訓練実施に伴い、CTTEから感謝の楯をいただきました。

(CTTE学長と先生と共に。)

 

その後、嬉しいニュースとして、今回の授業で日本の文化に興味を持った生徒たちからの要望で、来年度からCTTEでは日本語のクラスが開講されることが決定したそうです。今までに無い形での文化交流として、これまで日本で培われてきた水難の知識を共有できたことに大きな喜びを感じています。

(CTTEの生徒たちと。)

 

  • 授業を受けた生徒たちの声

「今までは水が怖くて近づかなかったけど、今回の授業でちゃんと知ろうと思った。」(Aさん・19歳)

「大森先生が、溺れることを防ぐための近道は泳ぎを知ることと言っていたので、これを機に水泳を習ってみようと思った。」(Bさん・20歳)

「ただサリーを脱げばいいで終わるかと思ったら、女性の尊厳についても話をしてくれたのが嬉しかった。」(Cさん・20歳)

「大森先生が実際にサリーを着ている動画を見てびっくりしたけど、映像で見たら問題点がよくわかったのでよかった。自分に置き換えてイメージし易かった。」(Dさん・19歳)

「私はヒジャブを着用しているので、次回はそこも含めて教えて欲しいと思った。」(Eさん・19歳)

「今日家に帰ったら、お母さんや妹にも授業の内容を教えてあげたいと思った。」(Fさん・20歳)

 

  • 参考文献:

*1 Thousands take dip in the Ganga (2014) The Times of India. Available at: https://timesofindia.indiatimes.com/city/patna/thousands-take-dip-in-the-ganga/articleshow/45061991.cms 

*2 Drowning (2023) World Health Organization. Available at: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/drowning
*3 World Drowning Prevention Day United Nations. Available at: https://www.un.org/en/observances/drowning-prevention-day

*4 Sorenson SB. Gender disparities in injury mortality: consistent, persistent, and larger than you’d think. Am J Public Health. 2011 Dec;101 Suppl 1(Suppl 1):S353-8. doi: 10.2105/AJPH.2010.300029. Epub 2011 Jul 21. PMID: 21778511; PMCID: PMC3222499.

*5 Reinhart, R. (2021) Majority worldwide cannot swim; most of them are womenGallup.com. Available at: https://news.gallup.com/opinion/gallup/352679/majority-worldwide-cannot-swim-women.aspx 

*6 Roberts, K., Thom, O., Devine, S. et al. A scoping review of female drowning: an underexplored issue in five high-income countries. BMC Public Health 21, 1072 (2021). https://doi.org/10.1186/s12889-021-10920-8

CTTE ウェブサイト:https://cttewc.edu.in/

 

PR TIMESでご紹介いただきました

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000128281.html

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